1987年に発足した古楽コンクール<山梨>は、「古楽」の分野で日本唯一のコンクールとして、広く有能な音楽家の参加を求め、優れた人材を発見・育成し、彼らが将来活躍できる機会を提供できるよう、様々な企画を行ってきた。第1回から第4回までは、美しい景観とミレーの絵画で有名な山梨県立美術館を会 場として開催した。最初は演奏者に対するコンクールのみであった。入賞者を紹介する機会として、翌年のコンクールで入賞記念コンサートを開催。
第3回目からは、栃木市で開催される栃木[蔵の街]音楽祭と提携して、音楽祭においてリサイタルを行なう演奏者を推薦。2008年まで継続。その後は浜松の楽器博物館、都留音楽祭、栃木西方音楽祭と提携し、リサイタルの機会を与えている。さらに 第3回目からは楽器製作者に呼びかけて展示会、デモンストレーションを行なっている。この部門も大きな膨らみをみせ、応募部門に合致した楽器を中心に、楽 譜や書物等の紹介も兼ね賑わいをみせている。
コンクールの規模が拡大したので、第5回から第23回までは山梨県民文化ホールで開催。
第10回目からは、外国からも審査委員を招聘し、コンクールの終了後、学びの場として審査委員によるマスターコース、演奏会等を開催。
エピソード
(皆様に愛され、また期待されて継続することができました「古楽コンクール<山梨>」は、今年で24回を迎えます。御存知の通り、このコンクールは心あるたったひとつの企業、甲府の印傳屋上原勇七の御支援を得て、古楽に携わる音楽家の育成のために開催されております。 実行委員会といたしましては、この四半世紀の間に、当初の目的はある程度達成できたと感じます。しかし演奏技術が向上し、多くの模範となる音楽家が存在している現今、私達は再度これらをカノンとして受け入れるというクラシック音楽界の悪癖に陥ってはいないでしょうか。過去の音楽に再び息吹を、そして演奏を通して聴衆と心の交流を、と考えた先駆者の意気込みや生き生きとした思いを、今なお同じように共有しているでしょうか。 荒川は実行委員長として、絶えず新しい課題を加え、コンクールの発展に努力し、また工夫も重ねてまいりました。しかしここ数年、このコンクールの将来像が描きにくくなってきておりました。
そのような中、昨年12月にスポンサーからお呼び出しをいただきました。現会長である13代上原勇七氏、次代を担うべき社長、専務とお揃いの席で、コンクールの未来に関する御質問をいただきました。13代は、まさに400余年、絶えることなく鹿革に漆細工を施した製品を持って時代の荒波を乗り越えられた歴代の中で、特に店に盛況をもたらされた方です。この四半世紀の世の中の変化を見逃すわけはありません。ということは、古楽もその世の中で存在しています。単に演奏水準が高くなった、世界に伍して活躍できるようになったといった説明で納得される訳がありません。その身につけた芸をもって何をしたいのか、何の目的で演奏家は精進しているのか。どうも最近のコンクールの様子を見ていると、一生懸命に勉強して参加する方、楽器や楽譜、CD等を持ってきてくださる方、聴きにきてくださる方相互に、「ありがとう」という気持ちの交流があまり為されていないように感じる、とおっしゃられました。そこにおられる方が甲府に来てよかった、しあわせだ、と感じていただくような会にすべきではないか。自分は皆が喜びに溢れている様子が見たい。しかしそれができないなら25回をもって打ち切りとしたい、という御意向でした。もっと具体的に申し上げるなら、音楽を社会から隔離してしまうような殺風景な大きなホールを、単に音響に問題が無いという理由で使用し、古楽を愛好する聴衆がちんまりと入っているだけでよいのか。もっと参加者を盛り立て、聴いていただいて「ありがとう」、聴かせていただいて「ありがとう」と互いに言い合える場は探せないのか・・・という御詰問でした。
咄嗟に思い付いたエリアがあります。昭和14年甲府に住んだ太宰 治は、ここを「きれいに文化のしみわたっている街」と愛しました。桜座のあるさくら町一帯は、ゴースト・タウンのようになってしまった現在、街を息返らせる拠点として、往年の活気を取り戻すべく活動を始めています。その一帯に移っては、という私の案は直ちに受け入れられました。さっそく打ち揃って下検分をし、街の方の御協力をいただきました。「鉄は熱いうちに鍛えよ」のことわざの通り、計画の練り直しとなりました。そしてコンクールの始まりの事情と同様に、「命ある限り、互いに手を携えて」という上原会長の御約束をいただくことができました。
昨年10月、コンクール参加者応募要項の発布にあたり、第24回開催に御協力を約束してくださった各方面には、お侘びの言葉もありません。しかし古楽コンクール<山梨>をひとつのきっかけとして、成長された方が多くおられることを思うにつけ、その喜びを継続して若い方にもプレゼントしたいと願っております。また改めてスポンサーの御指摘、お考えの素晴らしさには敬服し、御期待に応える企画としたいと感じます。このような時代だからこそ、集ってくださった皆様の御心が互いに触れ合う場として、コンクールが存在できるよう一層の工夫や努力をいたしたく存じます。
この新生古楽コンクール<山梨>を愛し、見守っていただきたくお願いをいたします。
なお音楽活動は、音楽が自分の人生にとって非常に大切と感じる聴衆の存在をもって、初めて意味を持つものとなりましょう。 甲府の春は花と緑の映える美しい季節です。お誘いあわせのうえお出かけいただきたく、お越しをお待ちいたしております。
